たとえば「お好み焼きを作ろう」という活動は,もし初級者を対象としたならば,よい企画なのでは?「日本語を使って何かをする」というだけでも充分勉強になるのでは?
「考えるための日本語」だけでなく,「情報を得る道具としての日本語」も重要なのでは?
私の立場は,「考えるための日本語」と「情報を得る道具としての日本語」とを分けて考えないところにあります。
初級者だから,考えなくていい,情報だけでいいとは思いません。だから,「お好み焼き」の活動自体が悪いというわけではなく,そういう活動をする場合に,担当者はこのことによって何をめざすのか,ということを明確に自覚しつつ活動のプログラムを立てる必要があるということです。
ただ単に,「おもしろいから」とか「楽しいから」というのでは問題があるということです。
これは年少者を対象とした「総合的な学習」にも言えることですが,その学習活動は,何を目的とするかということをきちんと把握すべきだというのが私の意見です。
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